工房いにしへでは「ものを大切にする心」を大事にします。修理・修復に関する専門的な知識をもって、どのような手段が最適か適切なアドバイスをいたします。

陶磁器の修復・保存の理念

■ Conservationの精神
イギリスでは「壊れてしまったものを直すこと」に2つの単語を使います。「Restoration」(修復)と「Conservation」(保存)です。「Restoration」(修復)は壊れたものを元通りにするのに主眼をおき、「Conservation」(保存)には壊れたものを元通りにするけれど、それを10年、20年、100年、200年先のことを考えて、いかに保存していくか・・・という意味が含まれています。当工房では「Conservation」の精神に基づいて修復手段、そして修復材料の選択を行っています。

■ 金継ぎと共継ぎ
日本では古くから(安土桃山時代)金継ぎ/金直しという技法によって、陶磁器が修復されてきました。これは、韓国、中国にもありません。日本だけの技法です。それに対して共直しという技法が存在します。当工房は「共継ぎ/共直し」によって陶磁器を修復しています。共直しの「共」は色を「共にする」「共通」にする・・・という意味で考えていただけたらと思います。歯医者さんにたとえると、金歯で直す方法が「金直し」、白い歯で(歯の色にあわせて)直す方法が「共直し」です。色をあわせるので、ナチュラルに仕上がり、破損したものもが限りなく元どおりの姿に蘇ります。

■ 新技法 「カラーフィル」
当方の技術は、「カラーフィル」という技術にて修復しております。カラーフィルのメリットは修復を最小にとどめ、オリジナルを最大限に生かすことができるということです。カラーフィルは大英博物館、ウエストディーンカレッジ、イギリスのトップ修復家たちが使っている技法で、B.A.D.A(British Antique Dealers Association 英国骨董商協会)のメンバー、KensingtonChurch Streetに店を構える一流の骨董商も認めている技法です。日本ではまだなじみのない方法ですが、将来はこの技法が主流になると思っています。カラーフィルの技法を具体的に説明しますと、色あわせしたパテを欠損箇所に充填していく技法です。白いものであれば白いパテをつくり、ブルーであればブルーの色をつくります。ひとことに色といっても千差万別ですが、基本的に白と赤、青、黄の4色でできます。これはプリンタのインクタンクの色を思い出していただくと想像しやすいと思います。プリンタは黒、赤、青、黄の4色でどんな色でも作り出すことができます。基本3原色の理論の応用です。色と透明感をあわせたものを充填するので、オリジナルをオーバーラップする必要がほとんどありません。

修復カ所を必要最小限にとどめて仕上げるカラーフィルの技法は、オリジナルを尊重し、最適な保存方法と考えます。

■ いままでの修復(共直し)
いままでの修復(共直し)は、欠損箇所に石膏などで充填して、その上を色あわせするために筆でペイントしたり、エアブラシを使って色を吹付けていく方法でした。(もちろん、場合によっては現在でもその方法を使うことはあります。)ただ、エアブラシを使うとペンキを噴射して吹付けるため、必要以上にオリジナルを覆ってしてしまうというデメリットがあります。エアブラシで覆ってしまった部分はあくまでも「FAKE=修復家がつくった部分」です。この部分を広げることに意味はありません。また、どこからどこまでがオリジナルで修復カ所かわからなくなってしまうのは、再修復時にデメリットともなります。カラーフィルは欠損部分に、オリジナルの色・透明度・質感をマッチさせたパテを埋め込むだけなので、必要以上に覆い隠してしまうことはありません。

■ 材料について
たとえば接着剤ひとつをとっても、それが修復にふさわしいものかどうか・・・というのは、いくつか条件があります。たとえば、強度、陶磁器を接着するのに十分な強度がなければいけません。しかし、強すぎたら良いというものでもありません。もし接着剤が陶磁器よりも強かったばあい、修復後に、再び衝撃が加わった場合、もし接着剤のほうが強すぎたら、接着剤の部分ではなく、陶磁器本体のほうが割れてしまいます。もし、陶磁器より接着剤のが弱ければ、接着した部分がはずれます。また、修復・保存で一番大切なことは「可逆性」です。これは、元に戻すことが可能かどうか・・・ということです。接着剤は陶磁器より早いスピードで劣化していきます。陶磁器は100年200年はあたりまえで、過酷な条件にも耐えられるものが多いです。しかし、接着剤はMUSEUM環境でも20~30年の寿命といわれています。最修復が必要になったときに、古い修復箇所が除去できなかったらどうなるでしょう・・・。保存という意味では、そういう接着剤は不適といえます。

当工房が使用している材料は大英博物館、V&A MUSEUMの修復部門が各種実験・テスト後、修復にふさわしいとされているもの、また現在使用しているものを使っています。

■ 修復後の使用について
美術品又は、歴史的意義のある品物に対する技術なので、修復後の使用、たとえば高熱を加える等は、場合によっては不適当であることをご了承頂けたらと思います。接着剤が耐えられるのは約80度。熱湯や、直接火にかけたりすることはできません。また、直接口にあたるところの修復もお勧めしていません。しかし、使用する目的のあるものでも、たとえば、高台、縁、ハンドルなど、差し支えない場所であれば、十分対応できることもあるかと思います。また、完全硬化後には安定する素材を使用しておりますので、自然に溶け出してきたり、異臭を放ったりすることはありません。また、洗ってすぐにぽろっと取れるものでもありません。耐水性もありますが、水につけっぱなしであれば、劣化のスピードは速くなります。どうして使用したい場合で差し支えがありそうな場合は、金継ぎをお勧めすることもあります。(※工房いにしへでは金継ぎによる修復は行っておりません。)もし、金継ぎであれば、良質(国産の)の本漆を使った修復をする工房をおすすめします。場合によっては漆に似た成分の樹脂を使ったりしているところもあるようです。金継ぎで直したから元通りに使えるというわけではありません。やはり漆なので水につけておいたり、直射日光を当てたりすると劣化が早いそうです。熱に対しても耐えられる限度があります。金彩も磨耗します。修復したものは、修復したものとご了解いただいた上で、使用することが良いのではと思います。